俺と僕の無限地獄

俺枢木朱雀×僕枢木スザク。俺は僕がすきで僕は俺がきらい。

 

この醜くもうつくしい世界で

 

どろりとした黒いものをスザクは胎の底に飼っている。意識の下の無意識に。スザクは俺がきらいで、僕でいることを望む。そうしてしか罪は贖えないと信じこんでいる。それは一種の逃避であったし、薄皮一枚のしたの絶望はすくすくと育つことをやめずにいつどろりとその醜悪な華を咲かせるかわかったものではなかったが、それでも七年は持ったのだ。目を閉じ、耳を塞ぎ、そうして漸くスザクの閉じた世界は完結し、終幕へと向かうだけだったのに、暴力的なまでの鮮やかさで過去という罪を思い出せたのがゼロという存在だった。正義の味方気取りの反逆の徒の傲慢さは、正義は正しいものだと妄信し罪を犯した過去の己を彷彿とさせ、今すぐ握り潰してしまいたいほどだった。忘却という祝福が、ゼロという悪魔の手によって奪われてゆく。ああ、いやだ、やめろ、それいじょうおれのまえにすがたをみせるな。(おれをおもいださせるな)ゼロを英雄だと囃し立てる声が煩わしい。正義か否か、そんな議論はくだらない。正義故の悪を犯したスザクには、正義の意味すらもう朧だからだ。ただ、悔いばかり。そう、己は悔いているのだ。故に、己の所業を憎み、それに連なるゼロもまた憎悪の対象であった。燻る憎悪の焔を昇華させる方法はただひとつ。存在の抹消。スザクが七年前に俺を殺したように。でないともう呼吸すらできやしない。

 

07/01/30

 

白塗り潰す黒

 

お前は俺のものなんだよ。闇よりも深い黒が睦言のように囁く。お前は俺のものなんだよ、スザク。棒切れのやうなこどものてがスザクの視界を覆い、辺り一面真っ暗闇だ。耳朶を舌で弄ばれ、くすくすと無邪気で残酷な笑い声が鳥の囀りのように脳内を犯してゆく。どんなに綺麗に白で覆い隠しても、黒は消えやしない。俺は消えやしない。お前と共に在るんだ。なぁ、スザク、いつまで見ないフリができるかな。いつまで俺を閉じこめておけるかな。俺はお前に逢いたくて逢いたくて仕様が無くて、少々乱暴な手を使ってしまいそうになるよ。なぁ、スザク。この七年で思い知っただろう。所詮綺麗事で世界は変わらないって。世界は醜く、其処に寄生虫のやうに這い蹲る人畜生も又然り。これ以上ないくらに傷ついて、其の手も足も折れてしまわないとお前はわからないのかな。愚かで傲慢でお綺麗な、愛おしいだけの俺のスザク。早く俺の名を呼びな。そうしたら、俺がすべて壊してやるよ。すべて終わらせてやるよ。力こそが正義と教えてやるよ。すべてを捻じ伏せる圧倒的な暴力で、お前の白を黒く塗り潰してやるよ。(愛しているから)

 

 

07/01/30

 

修羅の道を往くならば

 

赫赫と爆ぜる火薬のにおい。腐った肉のにおい。胸が空くような戦場のにおい。罅割れた仮面のしたに隠された素顔は、とても上等な男の貌だった。見知ったもの。僕ならば嘆いただろううつくしい貌にも、俺は決して揺らがない。笑みすらも浮かべて見せる。胎の底から笑いがこみあげる。愚かなルルーシュ。ブリタニアをぶっ壊すと叫んだこどものまま大人になって。世界に変革と混沌を齎す道化を演じて。そうして訪れるやさしい未来を信じて。なんていいこなんだろう。とても愚かでいとおしい。

(眩しい)

眩すぎて睛が眩む。ああ、いやだ。見たくない。(俺はこんなにも変わってしまったのに)羨ましい。妬ましい。変われずにいた魂が。

「―――ブリタニアをぶっ壊す」

口からついて出た声は、己でも気味が悪いほどに場にそぐわない、やさしいだけの薄っぺらさだった。

「ルルーシュ、君はその誓いのままに此処にいるんだね」

男も女も老人もこどもも死んでいる。戦場で命は平等だ。塵芥すらの価値も無く、吹けば散る桜のやう。

「そうだ。其の為に俺はゼロとして此処にいる。ブリタニアを壊す為だけに」

其れが引き金だった。弾けたように俺が嗤いだす。ルルーシュのうつくしい貌が奇妙に歪む。

「壊す?だって。壊せるものならば壊して見せろよブリ鬼野郎。男も女も老人もこどももひとり残らず殺して其の血を根絶やしにして見せてくれないか」

 

(お前にそんな覚悟ありやしない)

 

07/01/30

 

いずれヴァルハラで

 

「俺は僕を生かしたいんだよ」

のろりとあげられた血塗れの貌は酷く憔悴していた。血反吐を吐きながら、祈るようにスザクは言葉を紡ぐ。

「だからお前が邪魔だ」

素顔を晒したゼロの、紫のような赫のような不思議な色の眸が見開かれる。

どろりと赤黒い血が白いパイロットスーツを染める。煌々と獣のように輝く緑の双眸を憎憎しげに眇めて、スザクは引き金に指をかけた。躊躇いは刹那。其れは僕のもので、俺のものでは無かった。銃声と、辺り一面に響き渡った色とりどりの絶望。

 

骨すら残らず灰にして空に海に撒くんだよつめたい土のなかなんてごめんだ焔で炙られてようやっと赦しの眠りが訪れて僕は俺をようやっと迎えてやれるんだ

 

「―――さようなら、一足先に地獄で待っているよ」

 

07/01/31

 

嗚呼無情

 

朝から晩までランスロットの起動実験につきあわされ(それが仕事だけれども)デヴァイサーであるスザクはくたくただった。パイロットスーツを脱ぐのもシャワーを浴びるのも億劫で、研究室に備え付けられた簡素なソファに崩れるように倒れこむ。

(ねむい)

目蓋が重くて開けていられない。このままここで眠ってはだめだと思うのに、疲弊した四肢はソファから起き上がってはくれない。

(あ、むり)

 

 

意識の底は真っ暗闇だ。まるで井戸のなかに落ちたかのよう。スザクは呆けたかのように天を見上げた。

(光がみえない)

(そもそもここはどこだろう)

(暗くてつめたい)

「―――スザク」

にゅっと白いこどもの手が背後からスザクを抱きすくめる。首筋にかかる徒息。注ぎこまれる甘く痺れるように媚びる甲高い声。

「ねぇ、返事をしてよ。どんな声をしているの?」

くすくすと無邪気に笑い、こどもはスザクの耳朶を舌でなぞった。ぴちゃりと淫靡な音が木霊する。スザクは恐怖で動けない。ちいさな手がパイロットスーツのチャックにかかる。ジッパーがさがる金属の音。つめたいこどものてのひらが、蛇のようにスザクの素肌を彷徨う。面白い玩具を見つけたかのように。愉快で堪らないといった風にこどもはスザクを弄る。

「女を知っている?ああ、それとも男?」

(いうな)

「愛情のないところで抱いたり抱かれたり―――名誉じゃなくて男娼の間違いじゃないのか」

いつのまにかこどもはスザクの正面にいた。ばけもののような緑の睛がスザクを捕らえてはなさない。

「早く俺をだせよ、スザク。俺ならお前を酷い目にあわせたりなんかしない。こわいものすべてからまもってやる」

愛を告げるようにこどもはスザクの唇に己の唇を重ねた。触れるだけのそれ。舌が、なぞる。次第に獣のような獰猛さでこどもはスザクを貪ってゆく。なまあたたかい舌がしたへしたへとおりて、芯へと辿りつく。

「っつ!」

こどもは何の躊躇いもなくそれを口に含むと、舌と歯を使って器用に愛撫する。その光景に、スザクはぞっとした。

(いや、だ)

(いやだいやだいやだいやだいやだ思いださせるな)

見目麗しいイレブンなど格好の性欲処理だ。女にも男にも抱かれてきた。そうやって生きてきた。

(いつか来る断罪の日の為に)

「・・・僕を恨んでいるのか?」

(そうやって生きてきた僕を)

こどもはきょとんと睛を瞬かせると、破顔した。

「まさか!俺のかわりに散々いやなめにあってきたお前をいとおしみこそすれ、恨むわけがないじゃないか」

ちいさなてが頬を撫でる。同じ緑の睛のなかにうつるのは同じ貌。スザクが閉じこめたこどもの姿をした夜叉が嗤う。

「お前を辱めたブリ鬼兵をひとり残らずやっつけて、そうしてふたりで終わろう」

こどもは夢見るように笑う。スザクは静かに絶望する。

(どうしようもなく俺は壊れたままだ)

外に出せる筈が無い。

 

(やはり光はみえない)

 

 

07/02/18

 

眠れる森の

 

スザクは近頃不安定だ。よくひとりきりで泣いている。(泣き虫め)薄っすらと情事の名残の汗が浮いた、鍛えられた背中にぴったりと己の膚をあわせ、抱きかかえていると心臓の音までも共鳴しているかのように近い。とくん。とくん。一定のリズムを刻む緩やかな其れが、近頃歪な音をたてて乱される。誰も彼もがスザクに己を選べと傲慢に迫る。(スザクは俺のものなのに)そろそろ思い知らせてやる時期なのかもしれない。(お前らなんかにスザクは手に入らない)(俺がいる限りスザクはお前らを決して選ばない)震える睫毛のしたから真珠のような涙が一粒落ちて、スザクの頬を濡らした。(また泣いている)(哀しい夢しかみない)しおからい其れを舌で拭うと、涙の跡だけが残った。傷跡ばかりが増えてゆく。もうぼろぼろだ。身体もこころも。

「ねぇ、スザク。もう全部終いにしちゃっていいかな」

答える声は無かったけれども。

 

07/02/24

 

誰にもくれてなんかやらない

 

早く殺さなきゃ。じゃないとスザクがとられちゃう。スザクが憎むのもスザクが愛するのもスザクがまもりたいのも俺だけだったのに。俺だけの特権だったのに。近頃スザクは俺じゃない誰かに心を乱されている。スザクが怒るのもスザクが哀しむのもスザクが殺したいのも俺だけだったのに。俺だけの、たからもののような感情だったのに。なのに何でスザクは俺以外の奴に其れを向けるの。足下から鳥が立つ。スザクのなかから俺が消えてゆく。いや、だ。いやだいやだいやだ。生きるも死ぬも一緒でしょう。共に地獄に落ちるとあの屍の山で誓ったでしょう。なのにスザクは俺を裏切るの。俺を置いてゆくの。俺じゃない誰かを選ぶの。い、や、だ。嗚呼、早く殺さなきゃ。煩いんだよ。目障りなんだよ。愛しているという陳腐な理由でスザクを奪っていこうとする奴ら。愛が免罪符になると思っている。愛していれば、何をしても赦されると思っている、ぬくぬくと愛されて育ってきた皇子さまにお姫さま。お前らなんかに、くれてやるものか。

 

(父を刺したあのナイフは何処へやったっけ)

 

07/02/24

 

 

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